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ミッドフィールダー アーカイブ

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ジェンナーロ・イヴァン・ガットゥーゾ

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無尽蔵のスタミナでピッチを縦横無尽に走り回り、強烈なタックルでボールを奪いにいく、ハードワーカーの代表格である。ACミランの中盤の要のプレイヤーであり、あふれる闘争心でチームを勇気づける。ボールがあるところにはガットゥーゾがいるというほど頻繁にボールホルダーにプレスをかけ、前線の攻撃的な選手が自由にプレーできるのも彼がいるからこそ。

ミランと代表共にコンビを組むアンドレア・ピルロとの組み合わせは「1+1が2以上になる」代表的な例である。また時には果敢に攻めあがり、シュートに持ち込んでいくなど、攻撃のセンスも日増しに上昇している。近年、ミランと代表でピルロとコンビを組んでいるせいか、だんだん相手に似てきたといわれている。調子のムラが皆無に近い事も特筆に値する。
愛称は「ブレイヴハート」「リンギオ(犬などの唸り声)」「うなり屋」で、プレースタイルに由来する。
イタリア語で、ガッツのある選手を意味する「キンタマのある選手」と称される。
女性ファンが多いイタリア代表の中でダントツの男性ファン数を誇るナイスミドル。
日本のワールドサッカーダイジェスト誌でコラムを受け持ち、長く寄稿を続けている。
喜ぶと奇怪な行動をとることがある。その場では大目玉を食らうこともあるが、激しい気質ゆえの彼一流のお茶目として、おおむね好意的に受け止められている。

2006 FIFAワールドカップグループリーグの対チェコ戦でフィリッポ・インザーギがゴールした際に、代表監督のマルチェロ・リッピのもとに駆け寄ってその襟首を掴んでノド輪を食らわせた。
決勝トーナメント初戦のオーストラリア戦では勝利後オーストラリア監督のフース・ヒディンクのもとに駆け寄ってこれ見よがしに両手を突き上げて小馬鹿にし、しっしと追い払われてもかまわず続けていた。前回大会でヒディンクが監督を務めた韓国に苦汁をなめさせられたことが原因であろう。
優勝後のセレモニーではなぜかユニフォームの下を脱いで下半身パンツ一丁になってピッチの芝を食べだし、リッピの髪の毛をつかんで頭を揺さぶり「こんなに手荒い喜び方をするとはね」と苦笑いさせ、セレモニー後興奮のあまりトイレに28回も行き、周囲を唖然とさせた。
その後、ファビオ・カンナヴァーロによって坊主頭にされてしまった。

インタビューでキャプテン翼の話題となり、「(自身が幼かった)当時イタリアの子供のほとんどは翼ファン。GKは若林ファンだった。だけど俺は違ったぜ、俺のお気に入りは石崎だ!」と答えた。荒削りなテクニックを気合とガッツでカバーする石崎の闘志溢れるプレーは、ガットゥーゾのそれと重なる部分がある。

メディアで取り上げられることも多いので
とにかく彼ファンは日本でも多い。

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ディノ・バッジョ

ディノ・バッジョ  1971年7月24日生まれ  

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守備的MFとしてイタリア代表やパルマの一時代を築いた選手。
同時期に同姓のロベルト・バッジョが活躍していたため、「もう一人のバッジョ」と呼ばれていた。

イタリア代表としては1991年12月21日のキプロス戦(フォッジャ)で代表デビュー。
1994 FIFAワールドカップ、1998 FIFAワールドカップ、ユーロ96に出場した。

94年のW杯の時の記憶が強いですね。
そのときはロベルトバッジョがかなり騒がれていたんで
もう一人のバッジョとしてのディノもそのときに知名度が増したんではないかと思います。